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Author:キヅキ
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人権教育のVが着地困難で結局は作り手の偏見を匂わせてしまっているorz 

成人教育委員会は、人権教育研修を受けるのが活動のひとつのように言われ続け、
誰もが、それを望む望まないに関わらず、受けなければならないと信じきって、
不平も不満も口に出さず、
本来ならば家族で夕食をとっているであろう、
謂わば一家団欒の時間に集まり、その面白くもない話を聞くのでしたorz


毎年同じ内容です。
ある人は2度目、またある人は3度目というその研修会。
と言ってもほとんどは映像テキストを見るだけなのです。

ならばせめて、テーマを選ばせてくださらないかと思うのは私だけでしょうか。

しかし、何度見ても、しっくり来ないVなのでした。



その毎回同じという研修会のテーマは、
江戸時代の身分制度「士農工商・えたひにん」についてです。


まずひとつには、

江戸幕府がそのような身分制度を作ったと言われているが、
実際にはそのような身分制度を強いた文献が残っていない。


というのです。

ヘェーーー( ゚д゚)

そう言いながらも、映像テキストでは、

えたひにんと呼ばれる人々は、貧乏ではなかった。
中には旗本大名クラスの資産を持つ裕福な人が居て、
沢山の人々を雇い入れ、独自のルールでもって自分たちの社会を作り上げていた。

というのです。

要するに、

皆さん〜、えたひにんは貧乏と思っているでしょ〜?
でも違ったんですよ〜( ´θ`)ノ

というところでしょう。


しかし、思うに、
その裕福で沢山の同じ身分の人々を牛耳り、
一般の人々がしないような仕事をして、
一般の人々とは交わらず、
独自のルール、組織体系をもって暮らしていた人々というのは、

もしかしたら、

今で言うところの●●組で知られる●●団(・・?)




やっぱり、何が言いたいのか分からなくなりました(*_*)


ふたつめには、
「士農工商・えたひにん」という身分制度を、
江戸幕府は作っていないと言いつつ、
それは中世からあったというのです。

なんだ、やっぱりあったの( ゚д゚)⁈

その人々は特殊な技能(竹細工や革細工など)を持っていたそうです。

というと、身分分けというより職種分けですよね。


職種による差別というのはあるだろう。
しかし、いろいろある職に対し、
尊敬するしない、差別するしない、
が出てくるのは、世の常ではなかろうか。
そういう偏ったものの見方を、
平らにならそうというのが人権教育なのであろうけれど、
この話の流れによると、御用職人と呼ばれる人々は、
大方がえたひにん(一般市民ではない)と呼ばれる人たち?と思ったのです。

この理論で、無理やりに
「差別をやめましょう」
と言うのは、製作側に
偏見意識がありませんかぁ(¬_¬)
と思わざるを得ないのです。


みっつめに、
下剋上の終結後行われた刀狩やその後作った宗門改帳などにより、
人々は仕事や宗派を勝手に変えることができなくなったというのです。
つまり世襲制が始まるのですね。


この辺で、この映像テキストは佳境に入るのですが、
どういうわけか、
最初は身分制度など敷いていなかったという話だったのに、
えたひにんの家に生まれた事を悔やむ人の言葉が紹介されるのです。

なんでもこの人、優れた庭師だったようですが、
その家に生まれた事を大変悔やんでいる模様です。
しかし、これは、
仕事を含めて家を継ぐのが当たり前だった時代にも、今の世にもある、
自由を求める若者の叫びのように感じます。
家が重い。世襲が重い。親が重い。というような。
自分にはもっと相応しい仕事があるかもしれない。
もっと違う生き方を選びたい。
人の成長過程で誰もが通る葛藤なのではないでしょうか。
親の敷いたレールの上を走るしかない、
抗うことのできない自分の運命への反発心というのは、
どの時代の若者でもあったのではないかと思うのです。


それを引っ張り出して、まるで、
この若者がえたひにんの家に生まれたことを憂いているような論調に
仕立てたこのVには、やはり製作者の歪んだ意図が伺えてならないです。
この若者も、自分の記した手紙か何かが、
時代を越えて、勝手な大人の解釈に晒されて、気の毒なものです。


えたひにんが身分制度ではなかった。
貧乏ではなかった。
むしろ裕福だった。
社会に貢献して尊敬されていた。
そんな話の後にこれでは、
一体何を言いたいのか…前後の辻褄が合わないのです。


このVを作った人は、
えたひにんは差別されていた。
偏見の目に晒されていた。
身分制度によりそこから抜け出せなかった。
それでこの若者は辛い想いをしている。
と言いたいようです。



おまけに、江戸時代に、このえたひにんと呼ばれる人々が、
その生い立ちや辛い状況に耐えかねて、
一揆を起こしたと、その資料をぶっこんでくるわけですが、
いよいよ最初と最後がひっくり返ってしまうのです。


はじめは、
江戸時代には士農工商・えたひにんという身分制度はなかった。
後には、
えたひにん呼ばれる人々がその状況に耐えかねて一揆を起こしている。
と、
論旨がまったくチグハグです。
着地したいのはどこなのでしょうか( ? _ ? )


最後に、その身分制度を明治政府が撤廃したと言うのです。
(身分制度は無かったと言ってなかったっけ?)
税金を課すのが目的だったと言います。
えたひにんと呼ばれる人々は、江戸時代、
年貢を納める義務を負っていなかったのでしょうね。
幕府や大名につかえ、
社会において無くてはならないような仕事を任されていた。
または、文化、芸術のような、
ある種生産性(実用性という意味での)を持たぬ職に就いていた。
それで、町民でも農民でもない。
よって五人組に加わっていない。
今で言うところの町内会に入っていないのと同じです。
「町内会に入らないで、
ゴミ当番やパトロール当番に加わらない人々を許せない(怒)」
と言う人々が今の時代にもいます。
そう思わない人々ももちろんいます。


結局のところ、
教科書の内容はその時代の国の政策により変わるものです。
私たちの時代に教わった、
ピラミッド型の「士農工商・えたひにん」の図は、
今は歴史解釈が変わったというので、
士農工商とえたひにんが同列に描かれいるそうです。
歴史解釈も時代毎に変わるでしょう。
しかし、公教育においての教育テキスト(教科書)が、
国の政策により書き換えられる事を、私たちは忘れてはなりません。


またこのV(映像テキスト)は、人権教育を目的にしているので、
最後には「差別をやめましょうね」と収めなくてはなりません。
その意図でもって作ろうとすると、
結局は、事実を伝えるだけでは満足せず、端々に、
「このような偏見がありました。対象者はこのように苦しんでいました。」
を匂わせなければ成立しないのでしょう。
(そうとは思えませんが…)

「身分制度はありませんでした。歴史解釈が違っていました。」
と始めたにも関わらず、
作り手の偏見がいっぱい盛り込まれた形になってしまっています。
まったく残念な人権教育テキストでした。




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2015. 06. 24. (Wed) 10:18  [成人教育委員会コメント:6  トラックバック:0

できる人ができる事をできる時間に 

教育委員会生涯学習課から各単位PTAに、
校区において「人権講演会開催」という
社会教育事業が委託される。

一体どうして、単なる保護者の寄り集まり(PTA)の、
その中の今年度のくじ運の悪い人ランキングワースト10に、
そんな責任を負わせてしまうのか(-。-;
委員長というのは、ハズレくじを引き当てクラス委員に選出され、
クラス委員の集まりの中で、またしてもハズレくじを引き当てた、
『今年は厄年に違いない』と今年一年間を既に諦めてしまっているかのような人だと、
教育委員会の生涯学習課及び人権教育推進員は知っているのだろうか。
しかし、誰に噛み付いていいかも分からないし、
断る手段も分からないし、
「委員長を引き受けたからにはやるしかないさ」
と腹をくくっているか、腸煮え繰り返っているかのどっちかだと、
知っているのだろうか。


それでも月日は流れ、
終わってみれば短かったようにも感じる1年間だったけれど。


先日、各単位PTAの同じ委員長が集まる情報交換会が催されたので参加した。
みなさん、
ようやく終わるぜ!一人一役のノルマ達成したぜ!
の安堵感からだろうか、清々しい表情をされていたのだった。
かく言う、私も^ ^


そこで、
その席上での人権教育推進員の挨拶がナニコレ!?(・_・;?
だったので、久しぶりのナニコレ!?(・_・;?談。


その方は、開口一番!
これは、仕事じゃないんです!ボランティアです。
できる人ができる事をできる時にやればいいんです。



私、GJの準備をしつつ息を呑む。


なのに、その後は、今年度の実績をあげつつ、
講演会の日程はもっと前倒しにしてください。
(前倒しにしたくても講師がなかなか決まらない故遅くなっているのに)
とか、
講師を選ぶ際に効率ばかり考えず、
ちゃんとテーマから話し合い、正式な順序を経てください。

(効率を考えながら、テーマも考えられるわい( ̄Д ̄)ノ )
のような注文をつけ、
最終的には、
講演会の計画書は早めに出してください。
そして、実施後は、必ず1ヶ月以内に報告書を提出してください。

と(; ̄ェ ̄)


開いた口がふさがりませんな(;゜0゜)
前半と後半がまるきり噛み合わないw


仕事じゃないんです!
と言いつつ、仕事のように注文をつけている。

出来る人が
(主体性のある人が自主的に)

出来る事を
(無理せず、得意分野などを)
出来る時間に
(都合が許せる範囲で)
のはず。


だけど、
印象の良さげな抽象的な言葉を挙げつつ、
ノルマはしっかりと課している。
要するに、
このノルマを、皆で手分けしてしっかりやってね。
その際に、順序は守ってね。
書類はきちんと出してね。

って・・・

ご本人、おそらく気づいていないでしょうけど、
それは、仕事です。
誰でも、どこでも、いつでも参加できるようなものではありません。


社会教育の目的のひとつに、
「社会のあらゆる人が学習を受けられるように」
というのがあります。
そのために無償というのが基本です。
だから講演会は参加費無料です。誰でも自由に参加できるものです。
特に学習を得られにくい人に提供する事で、
社会のどのような人にでも平等に学ぶ場を提供しようというものです。
そして平等といっても、そこに主体性がなくてはならず、
動員などではあってはならないのですが…



人権教育推進員の言葉が、
人権教育が目標に掲げる「多様性を認める」には
程遠いもので、極めて残念でしたorz


たしか、人権教育推進員というのは、
元校長先生などが定年退職後、
再就職する天下り先のようなものらしいです。
そのためでしょうか。
PTAをちゃんと理解していらっしゃらない。
PTAは、学校、行政の事業をするための人手を動員するものだ
という思考が、
人権教育推進員になってもなお消えないようです。

人選を間違っ・・・…(≧m≦)



久しぶりの『ナニコレ!?(・_・;?』でしたね。
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2015. 02. 22. (Sun) 08:57  [成人教育委員会コメント:2  トラックバック:0

メディアと人権問題に一刀両断! 

先日のPTA役員研修会で、
各学校から各委員会毎、T担当者、P委員長が集まって、
グループディスカッションをしたのですが、
そのなかで、子供たちを取り巻くメディアの問題が
議題として提起されました。
人権問題を扱う成人教育委員会ですから、
主に、SNSの問題について話し合いました。
ちょうど親たちも先生たちも関心のある議題なので、
なかなか熱い意見交換ができました。
しかし、結局どうしたらいいのか?
という答には至らないのでした。


研修会の最後に、会を企画した当番校の校長先生から
まとめとしてのお話がありました。
その後、助言者として参加の人権教育推進員から
まとめの言葉がありました。
その方の言葉があまりにも明解すぎて笑えました。
それまで皆して、頭をひねり、
「メディアと人権」いう大きな問題に取り組んでいたのに、
なんとまあ、あっさり!ばっさり!答を出してくださいました。
(答になっていない答ではありますが…)


その答は、キッパリ!
子どもと親が話し合って、家庭でルールを決める!
それを子供部屋に貼り出す!

だそうです(苦笑)


そんな明確な答があるのに、
どうして私たちは集められて話し合いさせられたのでしょうか。
報告書まで書かされ、提出させられました。


やれやれ、またしても、
税金からお給料をもらっている人たちの戯れに
付き合わされてしまったようですorz


私たちP役員は、数百円の交通費のみのご奉仕ですのに。。。
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2014. 08. 08. (Fri) 22:54  [成人教育委員会コメント:2  トラックバック:0

成人教育委員会(現状) 

PTAの委員会のひとつとしての
現状の成人教育委員会はどうだろう。
一体、何のために組織されているのだろうか。


おそらく、
遡ること平成16年1月に策定された
「福岡市人権教育・啓発基本計画」
に由来があるのではないだろうか。
策定後、実施計画が3年毎のスパンで計画されているようだ。
この中で、
「学校、PTA、企業、行政、地域など」への
人権教育と啓発が計画されている。

だから、PTAでの拠点が、
この成人教育委員会ということだろう。


この策定にも実施計画にも、異論はない。
だけど、そのまるで押し売り様なやり方には、
疑問を持たないではいられない。
しかし、それが行政の行政らしさなのかもしれないorz

これは、
人権教育推進課の成果を創り出すのが目的なのではないか
と勘ぐる気持ちを否めない。
要するに、成人教育委員会というのは、
人権教育推進員の講習会に参加する
動員目的で組織された委員会と理解すると、
全てに合点がいく。ガッテン!ガッテン!


だいたい、
PTAそのものが、人権を無視した団体ではないか。
任意と言いながら本人に意思確認をせず、
「親の義務」と敢えて誤解させ、それで成り立っている団体。
会員のほとんどは、本気で「一人一役」を経文のように唱え、
巡礼のように委員会参拝する。
しかし、残念なのは癒されない。
ストレスで通院するような人まで出る現状。
そして、ようやく「一人一役」の苦行から解放された後、
実は「一人一役」など何のご利益もなく、
もっと上の「一人二役目」のステージを準備されてしまう。
そこである人は悟り、その場立ち去る。
またある人はキレる、クレーマーとなる。
しかしほとんどの人は、
さらに二役目を仕方なく受け入れる。

信者として更に上の位を目指す人は、
ブラック化して幹部役員に上り、
タダ酒という新たな目的と飲み仲間を手に入れる。

そうこうしているうちに、
長かったPTA行も終盤を迎える。
しかしその明るい光を見るのもつかの間、
子どもが学校に通う限り、
PTAという苦行は親たちを苦しめ続けるだろう。


PTAは、人を苦しめるべきものではない。
苦しめるはずもない。

それでも、苦しんでいる人がいるのは、
PTAが、ただ単にきちんとその目的を説明し、
他の当たり前の団体がするように
申込み制にしないからなのだ。


表向きの目的が本当ならば、それが出来るはずだろう。


このように、
PTAそのものが人権無視をしている。
だから、
メンツだけを集めて研修会をし
啓発したつもりになっていても、
それは、時間と労力と税金の無駄遣いでしかない。


人権教育は本当に大切だと思う。
無知が差別を生むのは本当だと思う。


せっかくの
「福岡市人権教育・啓発基本計画」とその「実施計画」。
生涯学習課がその扇動を任されているならば、
本気で取り組んでもらいたいと希望する。
そして、ぜひ、まず、
子育て中、子育て後、その子、いろいろな幅広い人々が関わっている
PTAのあり方に焦点を当て、その立て直しから始めてみるのも
啓発の第一歩になるのではないか

と提案したい。
2014. 06. 07. (Sat) 11:08  [成人教育委員会コメント:6  トラックバック:0

成人教育委員会と改名しなさいPTA 

PTA成人教育委員会というものは、
他の地域ではどんな風に存在し、
どのような存在意義があるのだろうか?

思えば、PTA活動そのものが成人教育ではなかろうか。

その中に、敢えて成人教育委員会を設置する不思議~_~;

PTA=成人教育委員会
いやむしろ、
成人教育委員会=PTA
としたほうが、実にわかり易い気がする。
かえって、受け入れられやすいじゃないか。

そうすれば、成人教育に本当に関心があり、
積極的に学ぼうとする人々でPTAが構成されるだろう。

ましてや、
『成人教育?何それ?食べれるの?』
なんてヤンキー&DQN保護者がPTA本部役員を占めて、
方々の一般会員に、無知故の人権侵害が及ばなくなる。
委員決めの際の脅迫文もなくなることだろう。
くじ引きで役が当たった人に、
「パンパカパーン♪当選おめでとうございます♪」
というような、
笑えないジョークで相手を傷つけるような事は、まず起こらない。

まず、くじ引きは無くなる。
本当に協力者だけだから。
そして、活動は活発になる。
そして、あるべき姿の
社会教育団体になり得るだろう。


ただ、本来の目的が、本当の目的なのか、
形式的な目的なのか…
まるで玉虫色でなんとも言えない。


2014. 06. 07. (Sat) 10:31  [成人教育委員会コメント:0  トラックバック:0
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