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Author:キヅキ
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何かに突き動かされる人 

最近、
こんな僻地にどうして?
というほどの遠い外国の村に暮らし、
地元の人たちのために力を尽くし、
人生をその事に注いでいる日本人をTVで見ると、
その人たちの放つ輝きに目が眩みそうになる。

それなのに、
「結婚、出産など女性としての幸せを考えなかったか?」
というインタビューはいかがなものか。
なんとまぁ、ナンセンスなんだろう。
「女の幸せ」の形が明治時代あたりで止まっているのか。
幸せの形は十人十色でしょ。


しかし私などは、あんな苛酷で劣悪な環境では、
到底生き延びることもできそうにない。
あっという間に感染症か何かでコロリと逝くだろう。
どんなに騙されようとも、絶対に行く気がおきないだろう。
それなのに、縁もゆかりもない土地で、
住民たちと共に暮らし、その土地の人々のために生涯を捧げている。
そんな彼女の輝きに満ちた表情を見れば、
「女の幸せ」など使い古された陳腐な言葉を投げかけることすら憚られる。

何かに突き動かされ突き進み続ける人の輝きは、
「幸せ」などという言葉には収まりきれないくらいに、
超越していて、私ら凡人にはもはや共感すら難しい。
なんというか、「有難きもの」というか。。。
とにかく、なんだか言葉にできない「有難きもの」に
満ち満ちている雰囲気を醸し出している。
物質的には何も満たされていないにも関わらず。



さて、
昨夜、拙ブログコメント欄に
「ばかもんだな、おめえ」というコメントがあった。
その人なりの価値観からのコメントだと思った。
その人の背景が分からないので、
そんな風にしか思えなかった。
そして、その人の経験と私の記事の内容が重なり、
どういうニュアンスかは知らないが、
「ばかもんだな、おめえ」とどうしても残したかったのだろう。
PTAに絡む件で、いろいろ苦労されてきたのかもしれないし、
そうでないかもしれないし、私からそれを測り知ることはできない。


たとえば、
PTAをPTOに改革された山本浩資氏なんかも、
最初の頃はきっと周囲の人たちから
「ばかもんだな、おめえ」と思われたことだろう。


PTA会長などは、
1年間名前だけ貸しておいて、
要所要所で挨拶だけしておけば、
具体的な活動は女性役員がやってしまう。
仕事で忙しいと、代役を頼むこともできる。
運営委員会は、会長不在でも一向に問題ない。
事実、うちのPTAはそうだし、
近隣校区のある会長は実際、任期中、
卒業式、入学式、総会、運動会の挨拶のみしか顔を出さなかったとか。
それでもいいからとお願いしてなんとか引き受けてもらったそうだ。


だからもし、私の夫がPTA会長を引き受けたりすれば、
まず、この私が、
「ばかもんだな、おめえ」
と言い放つだろう。
そして、改革やるなんて、前向きさを見せた日にゃ、
「大ばかもんだ、おめえ」
と全力阻止するだろう。
「年間4回挨拶だけしに行って終われよ」とねw


しかし本当は、PTA会長の役目を真摯に受け止めれば、
真面目に真摯に受けとめてしまえば…
誰も会長の引き受け手がない、
役員も委員も引き受けたがらない、
そんな不健全な状況から一刻も早く脱しなければと思うかも。


また、なんの固定概念もなく、
PTAの理念や目的を素直に受けとめてしまえば…
会員のほとんどが嫌々参加する団体の会長なんてやりたくない。
負担に感じている人たちを見ないようにして、
会長づらして挨拶なんかもしたくない。
自分がやるからには、気持ちよく参加してもらいたいと思うかも。


そんなわけで、
たとえ「ばかもんだな」と後ろ指指されようとも、
どうしても改革せずにはおれなかったということかもしれない。


何かに突き動かされるというのは、
自分の益になるからだとか、誰かに感謝されたいからだとか、
もうそういう、ふつつかな心理からではなく、
その人の性分のようなところから、
どういうわけか、しないでは居れないで、
やっちまったorz な感じに近いと思う。


そんな初代PTO会長山本浩資氏が最近、
その改革を本にまとめられたので読んでみた。






実は個人的には、
この本にあるような楽しげな盛り上がりには、
正直とてもついていけない。
ただ実感が湧かないだけかもしれない。
それは多分、私が直面している環境とはかけ離れすぎて、
自分のところまで引き寄せられないからだと思う。
つまり、私の価値観から言ったら「夢か幻」なのだ。
言葉は違えど、「ばかもんだな、おめえ」と大差はない。


でも、山本氏は決して、
自分たちのやり方を押し付けているのではない。
また、自分たちの改革を自慢しているのでもない。
これは、この地域が出したひとつのPTAのオリジナルな形なのだ。
そしてそれは、永久不滅の最善の形でもない。

社会教育団体というのは、
社会の変化に伴い変化しなくてはいけない。
山本氏他役員の方々は、
風穴を開け、新鮮な空気を通したにすぎないと思う。
これからまた変化発展し続けられる形を整えたのだ。
きっと、
それはそれはドデカイ重機を使ったんだろうな(笑)


今、私たちに必要なのは、
それぞれの価値観を尊重することだと思う。
自分の目で見て、自分の頭で考えることだと思う。


PTAに限って言えば、
多様化した現代のライフスタイルと、
どれほど食い違った形態や活動を押し通しているか、
現実をよく見て聞いて、考え、意見を出し合うべきだ。
教育委員会に訴えたからとて、
「ご自分たちで話し合って…」
と言われるのは、それは当然と思う。

当該PTAの状況は、当該PTAでしか分からない。

だから私が教育委員会に求めたいのは、
「PTAはそれぞれオリジナルの形でよい」という事実を
どうか執行部役員及び校長先生たちに知らせてほしいのだ。

彼らは、前例を踏襲し続けるしか術を持たない。
そしてオリジナル性を持つことを恐れる。
リスクに感じ、近隣校区と足並みを揃える。
要するに、会員の方に目を向けていない。

そんなことを教育委員会が求めているはずはないが、
「求めていない」とはっきり伝えないと、
彼らは会員の意見を聞くこと(アンケートをとるなど)すら出来ない。
長い間、惰性だけでやり過ごしてきたおかげで、
自分たちで話し合う機能すら失ってしまっている。
戦後の日本で一番最初に作られた社会教育団体PTAが目指したのは、
こんな情けないものではなかったはずだ。




久しぶりの更新でした。来てくださってありがとう。
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2016. 02. 16. (Tue) 18:22  [未分類コメント:0  トラックバック:0
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